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タナカ×ナスカラ

栃木県那須烏山市に東京出身の若者が地域おこし協力隊として移住。

今を生きる一人の若者として

 那須烏山からこんにちは。

どうも、タナカです。

 

久しぶりの更新で「どういう風の吹き回しだ?」という感じですが

ご興味ある方は少し見ていってください。

僕の意見を一般化するつもりは毛頭ないですが

今を生きる一人の若者として僕はこんなことを感じています。

 

 

きっかけはこんなエントリーから

 

 

今までモヤモヤしていたものが一気にストンと腑に落ちました。

いつもどこでも「若者がいない」「若者が活躍を」etc...

 

会社では「長期キャリア形成のため」とか

まちでは「これからのまちの担い手のため」とか

 

 

若者ってそんなに都合よく

ホイホイついていかねーからな?

 

 

僕はいわゆる「ゆとり世代

1992年に生まれた僕たちは「ゆとり世代」揶揄されることが多かったです。

ちなみに1992年の社会は

 

世相・風俗・流行・話題

国際貢献、複合不況、NGO、ミンボー、

冬彦さん(テレビドラマ「ずっとあなたが好きだった」の登場人物)、

ジュリアナ東京(ディスコ)、カロリーハーフ、もつ鍋

 

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この年に登場

3月14日:東海道新幹線に、時速270kmで東京-大阪を結ぶ「のぞみ」が登場。
7月1日:東京-山形を2時間半で結ぶ、ミニ新幹線「つばさ」が開業。

 

1992年[世界の出来事100年史]  より引用。

 

こんな世間の中に僕らは生を受けました。

バブル崩壊の真っただ中に生まれた僕たちは元気のある日本を知りません。

物心のついたときから常に「日本は不景気」だったのです。

 

 

インターネットの発達とともに成長

僕の世代はつねにインターネットの発達とともにありました。

 

小学生のときに

「画面が白黒のケータイ」が生まれ、「着メロ」をケータイに打ち込んで作り

中学生のときに

パケホーダイ」が生まれ、「前略プロフィール」といった初期のSNSを利用し

高校生のときに

スマートフォン」が生まれ、「mixi」がはやり

大学生のときに

「Line」や「Facebook」が生まれ、「スマホゲーム」が全盛を迎える。

 

こうしてインターネットの発達とともに成長した結果、

僕たちの世代はとあるリスクを避ける傾向にあります。

 

それは「責任を取ること」です。

 

 

ネットリテラシーが向上した結果……

昔からメールやSNSに触れていた世代は

基本的に人に迷惑をかけることを嫌がります。

この世代は「何かをするとすぐに拡散すること」を知っているからです。

その結果、自分の意見を主張することに控えめになる

→出来るだけ責任を取らないような立ち回りをするようになりました。

 

そうです。僕らは最強にして最弱の武器を手に入れたのです。

それは「沈黙すること」です。

 

 

沈黙しているけど、僕らはなんだかんだ考えている

よく「若者の社会参加ガー」とか「若者の消極性ガー」とか

言われているところを散見しますが

ゆとり世代」はやっても無駄だと思うことはしない傾向にあります。

 

そして僕らの生きてきた時代背景として

常に時代の流れに飲み込まれてきたので

自分が「無力」であると思っています。

 

何が言いたいかというと

「若者がやらないことには、しっかりと理由がある」

ということを僕は主張したいです。

 

 

まとめ

沈黙しがちで反論もほとんどしない(する気も起きていない)若者を

問題の原因にする傾向がどこにでもあるように感じます。

 

しかし、そういった問題の本質的な原因は

「今までの枠組みや仕組みで無理矢理に問題を解決しようとすること」

にある場合が多いです。

 

最初に標的にしやすい若者を原因に取り上げるのではなく

問題そのものの本質に迫るような取り組みが行われるといいなあと思っています。

 

以下、心の叫び↓