働き方やライフスタイルが転換する時期に来ていると思うの。
那須烏山からこんにちは。
どうも、タナカです。
いい小中高の学校を出る→いい大学に入る→いい会社に入る→定年して悠々自適に年金生活!
……。
そ れ っ て
も う 出 来 な い ん じ ゃ ね ?
まずもっていい学校ってなに?
学力が高いこと?名門校への進学実績があること?
もっと言えばいい大学ってなに?
どんなに熱心に勉強したところでほとんどの企業はそんなことは見ちゃいない。
何を勉強したか・経験したかよりも従順であることを求められる。
ところでいい企業ってなに?
賃金が高いとこ?休みが多いとこ?残業が少ないとこ?
……とまあ毒を吐いてしまいましたが僕は疑問に思っています。
そういった単一化された価値観でしか物事が見れない人が多いことを。
別に今までのやり方を全否定するわけじゃない
今までのやり方だって尊い。ってか人間誰しも尊いと思ってるよ。
思考停止して目の前のことに集中することも
考えすぎていつも間違えてしまうことも尊い。
物事は何にしても表裏一体。メリットとデメリットは背中合わせなんだ。
前者の集中力には感嘆するし後者の思慮深さには敬服する。
「べき」「べき」言う人間のことを僕は嫌いだけれどもこれだけは譲れない。
色んな人がいるべきだし色んなやり方があるべきじゃね?
人間の多様化は生き残るための本能的な生存戦略だ。(とどこかで聞いたことがある)
その本能を誰も否定できないし強制することもできない。
根本的に人をコントロールすることはできない。
その典型的な例が「コンパクトシティ構想」というやつだ。
簡単にまとめると田舎に住むのをやめてみんなが中心市街地に住もう!というもの。
そうすればインフラにかかるコストも減るし行政的にも楽になるしいいじゃん。的な。
こんなものは絵に描いた餅に過ぎない。
元々歴史を辿れば土地とは全てだったんだ。
自分の生まれる場所であり暮らす場所であり死ぬ場所である。
そこから仕組みを維持するために人を動かそうなんて冗談じゃない。
出来るわけがない。
実際にこの施策についてはほとんど効果を出せなかった。
時代背景やそこの価値観を全否定して人をコントロールしようなんて。
神様でもないかぎり不可能だよ。
単一化された価値観の押し付けはよくないんじゃね?
新入社員は朝一番早く来なければならない。
新入社員は先輩社員に大きな声であいさつしなければならない。
新入社員は先輩社員より早く帰ってはいけない。
そんな単一化された価値観で僕は生活していました。
全てが疑問だったよね(笑)
最終的には朝イチに満員電車に揺られてオフィスにいかないといけないことも意味わかんなかったし。
直行直帰で必要なときだけ会社に顔だせばいいんじゃないの?営業なんだし。
朝と夜の通勤で各一時間かかっていたので一日2時間。
ひと月が約20日の出勤だと仮定して40時間。
それが一年になると480時間を移動に費やしていることになる。
480時間もストレスフルな環境にいればそらやる気もなくなるわな。
これだけじゃない。
「~は~じゃないといけない」とか「~は~すべき」とかそんなんないよ。
人の数だけ考え方や価値観があっていいんじゃね?
その中でも相互理解は進めていった方がいいんじゃね?
なんでこの人はこんなことを言っているんだろうとかって考えることはお互いを理解しあういい助けになる。
なんで相互理解が必要っていうとそっちの方が楽だからなんだわ。
人間って予測不能なものにストレスを感じるらしくてお互いが現状から行動や思考を予測出来た方がお互いにとっていいみたいよ。
だから好みが違う人をそれが分かった時点で拒絶するのはあんまりよくないんじゃね?
ご飯の食わず嫌いはすげー怒られるのに人やコトの食わず嫌いは何もいわれないよね。
ようわからん。
じゃあ具体的にどうやって相互理解を進めていくの?っていうと単純に互いが自分の情報を開示すること。
どんな些細なことでもいいから情報を開示すること。
例えば同じ時間を過ごすとか自分について話すとか共感したことを相手に伝えるとか。
ゆっくりでもいいし慎重にでもいい。
自分を語ろう。理想を語ろう。
結局何が言いたいかっていうと。
今までのやり方っていうのが徐々に壊れてきた。
社会構造的にも終身雇用制度とか年金制度とか。
経済的にも延々と成長する時代は終わり人は減って市場は縮小していく。
技術的にはITが飛ぶ鳥を落とす勢いで進歩して人の手がかからなくなっていく。
時代的には世の中をひっくり返すような大きな災害が起こり多くの人が自分のことを客観的に見つめて方向転換を考えている。
今までのやり方が通用しない世の中になってきているんだ。
だからこそ新しい取り組みや新しい考え方が必要なんじゃねーかな。
時代に合わせて伝統が変わっていくように働き方や生き方・ライフスタイルの大きな転換期を迎えているような気がする。
こういうタイミングでは多くの人が様子をうかがっているんだ。
そっちは安全ですかー?と。
でも世の中に完全な安全などないよね。絶対に失敗しないことなんてありえない。
もっといえば死ぬこと以外は失敗ではない。
だから僕は失敗したことに納得できる選択肢を日々選んで進んでいく。
それでいんじゃね?